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東京地方裁判所八王子支部 平成9年(わ)778号 判決 1998年4月24日

主文

被告人を懲役一七年に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

押収してある日本刀一振(平成九年押第二二五号の1)及びハンティングナイフ一丁(同号の2)をいずれも没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  妻甲野花子(以下「花子」という。)の従姉である乙川春子(当時六〇歳。以下「春子」という。)がその養母乙川夏子から多額の遺産を相続した際に、その相続税を脱税しようとしているのではないかとの疑いを持ち、これにつけ込んで、春子から金員を喝取しようと企て、平成七年四月二四日ころ、東京都中央区<住所略>六〇三号室の春子方において、春子に対し、「自宅付近から不審なちんぴら風の男に後を付けられ、相手の男から、『乙川夏子の脱税資料を持っている。この資料が税務署に渡るとばく大な追徴金が乙川春子さんにかかる。この資料を一億くらいで乙川春子さんに売りたいので、甲野さんに仲に入って交渉してほしい』といわれて交渉を頼まれた」「明日、相手の男と喫茶店で会い、脱税資料を引き取る交渉をするので、買い取る金を覚悟してほしい」などと申し向け、次いで、同月二五日ころ、右春子方において、被告人が右不審な男から脱税資料を五〇〇〇万円で買い取るため五〇〇〇万円を用意するよう告げて、金員の交付方を要求し、春子をして、もしこの要求に応じなければ、脱税資料の買取りを要求してきた者がその資料を税務署に提出し、多額の相続税等を徴収され、かつ、右の者から春子の身体・財産等にどのような危害を加えられることになるかも知れないと畏怖させ、よって、同月二六日、同所において、春子から現金五〇〇〇万円の交付を受けてこれを喝取した

第二  同九年五月一三日ころ、同都保谷市<住所略>三〇一号室の被告人方寝室において、花子(当時四五歳)が頚部に衣類を固く巻き付けて死亡しているのを発見し、花子が死亡したことを隣人らに気付かれることを恐れて、同月一七日ころ、右寝室において右死体を毛布等でくるみ、被告人方納戸の洋タンス内に運び入れた上、同月下旬ころ、右死体を毛布の上からビニール紐で縛り、毛布から露出している足部にビニール袋をかぶせ、死体全体を毛布の上からビニールシートで覆い、右洋タンスの扉を閉じて粘着テープで目張りするなどして右死体を右洋タンス内に隠匿し、もって死体を遺棄した

第三  春子から、被告人及び花子を被告として、判示第一の五〇〇〇万円の金銭の授受が詐欺であるとの理由による損害賠償請求訴訟が提起されており、花子が死の直前この訴訟の行方について思い悩む様子であり、花子が死んだのは、春子の顧問税理士の丙山太郎が、春子の敗訴の一審判決を不服として控訴するよう春子に助言したり、右控訴審に提出する証拠資料を作成してやったりしたことに起因するとして、丙山太郎を深く恨み、同人に妻を亡くした自分と同じ悲痛な思いを経験させるためその家族らを殺害しようと決意し、同月二七日午前一〇時三〇分ころ、同都武蔵野市<住所略>所在の同人方玄関において、同人の義母丁風秋子(当時七九歳。以下「秋子」という。)に対し、殺意をもって、いきなり所携の日本刀(刃渡り約三六・九センチメートル。平成九年押第二二五号の1)でその胸腹部を突き刺して背部まで貫通させ、よって、同日午後零時五〇分ころ、同都三鷹市新川六丁目二〇番二号杏林大学病院において、同人を下大静脈損傷を伴う胸腹部刺突により失血死させて殺害した

第四  判示第三記載のとおり丙山太郎の家族を殺害するつもりで、同日同時刻ころ、同人方玄関において、秋子の叫ぶ声を聞いて玄関に出てきた丙山太郎の長男丙山一郎(当時二三歳)に対し、殺意をもって、いきなり前記日本刀でその胸腹部に突きかかり、同人を殺害しようとしたが、同人に右日本刀をつかまれ、その場にかけつけた丙山冬子から左手をつかまれてひねられるなどされた上、右丙山一郎に右日本刀を取り上げられたため、同人に全治約二週間を要する右手切創の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった

第五  丙山太郎の子供らを殺害できなかった腹いせに、丙山太郎方住居に放火しようと企て、同日同時刻ころ、同人方一階和室八畳間において、タンスに接する衣桁に掛けられていた浴衣様の衣類に所携のライターで点火して火を放ち、同人方一階リビングルームにおいて、ソファーに掛けられていたカバーに所携のライターで点火して火を放った上、シャツなどをかぶせ、次いで、同人方二階和室六畳間において、同間押入れのふすまを蹴破ってその破損部に所携のライターで点火して火を放ち、同ふすまを燃え上がらせ、その火を同間の柱及び天井等に燃え移らせ、よって、同人ほか四名が現に住居に使用している同人所有の木・鉄筋コンクリート造スレート葺地下一階付き二階建居宅一棟(床面積合計一四五・四二平方メートル)の一部(床面積二五平方メートル、表面積四〇平方メートル)を焼損した

第六  同日同時刻ころ、同人方において、法定の除外事由がないのに、判示第三及び第四記載の日本刀一振を所持するとともに、業務その他正当な理由による場合でないのに、刃体の長さ約一三・七センチメートルのハンティングナイフ一丁(平成九年押第二二五号の2)を携帯した

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

一  判示第一の恐喝について

被告人及び弁護人は、判示第一の事実について、被告人は春子に脱税資料の買取請求をしている男がいると嘘を言ってその買取代金として五〇〇〇万円を交付させたが、被告人において春子を脅すつもりはなく、詐欺罪はともかく恐喝罪は成立しない旨主張するので、以下、判示のとおり恐喝罪を認定した理由について補足して説明する。

関係証拠、なかんずく、第三回公判調書中の被告人の供述部分、被告人の検察官に対する供述調書(乙一三、一八)、証人乙川春子の当公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書(甲四九)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人は、妻花子の従姉である春子の養母乙川夏子が多額の財産を残して死亡したが、献身的に同女の世話をした花子には遺産の分配がなく、相続人である春子が遺産を独り占めにしたことに反感を抱いていたところ、春子の口ぶりから同女が相続税を脱税しようとしているのではないかとの疑いを持ち、これに付け込んで同女から金員を入手しようと思い立った。そこで、被告人は、判示第一で認定したとおり、平成七年四月二四日ころ、東京都中央区内にある<住所略>六〇三号室の春子方において、同女に対し、乙川夏子の脱税資料を持っているというやくざ者らしい不審な男につけられ、その男から右資料が税務署に渡るとばく大な追徴金が春子にかかるが、これを春子に一億くらいで売りたいのでその交渉をしてほしい旨頼まれたとか、その男と明日交渉するので買い取る金を出す覚悟をしてほしいなどと言って右資料の買取りを勧めた。また、被告人は、その際、春子に対し、同女が信頼している顧問税理士丙山にその不審な男のことを言うと資格剥奪になるかも知れないので黙っているようになどと口止めをしていた。被告人はその翌日、春子に対し、つい今しがたその男と会ってきたかのように振る舞い、なんとかして少しでも買い取る金を用意できないのかといった様子で、その男が当初提示してきたという金額から徐々に減額し、五〇〇〇万円で買い取ってきてやる旨春子に申し向けた。一方、春子は、花子とは従姉どうしで子供時代には一緒に暮らしたこともあって極めて親しい間柄であるのに比べ、被告人が水商売風でやくざっぽく、生活力がない感じがして嫌だと思っていたこともあって、月一、二回顔を合わせる程度で親しい付合いはなく、その脱税資料を持っている男とも通謀しているのではないかとの疑念を抱いたが、前記のように、被告人から春子が顧問税理士丙山に不審な男の件について相談しないよう口止めされていたことや、春子自身乙川夏子からワリコー等多額の有価証券類を相続したことを顧問税理士丙山に知らせていなかったことから、被告人の言を信じ、被告人を通じてしか右不審な男との脱税資料の買取交渉をするすべがなく、その男の要求を断ると、その男が税務署に脱税資料を持ち込み、そうなると多額の追徴金等を追徴されるかも知れないとの恐れを抱き、また、被告人のいうその男が、氏素性の分からないやくざ者風の男であるとのことから、その男から自分の身体・財産等にどのような危害が加えられるかも知れないとの恐れを抱き、同月二六日ころ、自宅において、被告人に現金五〇〇〇万円を交付した。そして、被告人は、春子が被告人のいう右不審な男からの脱税資料の買取交渉を依頼されたとの話を聞き、非常に怯えていたことを十分分かった上で五〇〇〇万円を受け取ったものである。

以上の事実関係をもとに恐喝罪の成否についてみるに、たしかに、被告人が春子に対して申し向けた不審な男から脱税資料を春子に買い取るようにとの交渉を依頼されたとの話は被告人が勝手に作り上げた虚偽の事実である。しかしながら、被告人と春子との関係や、春子が、顧問税理士にも乙川夏子の相続財産の一部を知らせておらず、被告人からは顧問税理士へ相談しないよう口止めされていて、被告人以外の者にその男との交渉を依頼するすべがない状況におかれていた本件にあっては、被告人の春子に対する話は春子を畏怖させるに足りる害悪の告知そのものであり、春子は、被告人の右話を聞き、被告人に交渉を依頼しなければ自分の身体・財産等に危害が及んでくるのではないかと畏怖し、その害悪から逃れられるかどうかについて被告人がその男に対し影響を与える立場にあると考えたからこそ、やむなく被告人にその男との交渉を依頼して五〇〇〇万円もの大金を交付したものであり、被告人自身、春子が畏怖していることを十分認識した上で現金五〇〇〇万円を受領したのであるから、被告人には判示第一のとおり恐喝罪が成立するというべきである。

二  判示第二の死体遺棄について

被告人は、判示第二の死体遺棄について、死体を捨てるつもりはなく、遺棄した認識はない旨弁解しているが、被告人が死体を遺棄したことは以下の理由でこれを肯認できる。

すなわち、刑法一九〇条の規定する「遺棄」とは、習俗上の埋葬等と見られる方法によらないで死体等を放棄することをいい、死体を室内等に隠匿することもこれに含まれるところ、関係証拠によれば、被告人は、判示第二のとおり死体を被告人方納戸の洋タンス内に入れ、これに目張りをするなどして、死体を室内の洋タンス内に隠匿していたことが認められ、右行為は、習俗上の埋葬等と見られる方法によらずに死体を遺棄したものに他ならない。

弁護人は、被告人が妻の死を悼んでした行為は、死体遺棄罪に相当する違法性がない旨主張するが、右行為の態様に鑑みれば、仮に、これが被告人において、もっぱら花子の死体を悼む愛惜の気持ちによりなされたとしても、その評価を左右するものではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は平成七年法律第九一号附則二条一項、同法による改正前の刑法二四九条一項に、判示第二の所為は刑法一九〇条に、判示第三の所為は刑法一九九条に、判示第四の所為は刑法二〇三条、一九九条に、判示第五の所為は刑法一〇八条に、判示第六の所為のうち、日本刀の所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の一六第一項一号、三条一項に、ハンティングナイフの所持の点は同法三二条四号、二二条にそれぞれ該当するところ、判示第六の日本刀の所持とハンティングナイフの所持は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い日本刀の所持の罪の刑で処断することとし、判示第三の罪、判示第四の罪及び判示第五の罪については所定刑中いずれも有期懲役刑を、判示第六の罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、以上は平成七年法律第九一号附則二条二項、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第五の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一七年に処し、平成七年法律第九一号附則二条三項、刑法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入することとし、押収してある日本刀一振(平成九年押第二二五号の1)は判示第三の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文により、押収してあるハンティングナイフ一丁(同号の2)は判示第六のハンティングナイフの所持の犯罪を組成した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文により、いずれもこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、妻の従姉に対し、同人の養母の脱税についての証拠資料を買い取るよう要求している不審な男がいるなどと嘘を言って、妻の従姉から買取代金として五〇〇〇万円を恐喝し(判示第一)、妻の死体を被告人方の洋タンスに入れて隠匿して遺棄し(判示第二)、妻が死亡した原因をつくったのは、妻の従姉の顧問税理士のせいであるとして、同税理士に復讐するため、同税理士の家族を殺害しようと企て、同税理士宅において、同税理士の義母に対し、胸腹部を日本刀で突き刺して殺害し(判示第三)、同税理士の息子に対し、胸腹部に日本刀を突き出して殺害しようとしたが未遂に終わり(判示第四)、右息子らの殺害に失敗した腹いせに、同税理士宅に放火し(判示第五)、同所で日本刀とハンティングナイフを所持した(判示第六)という事案である。

判示第三ないし第六の一連の犯行は、被告人が、花子が死んだのは、春子の被告人及び花子に対する損害賠償請求訴訟について、春子の顧問税理士丙山太郎が春子に対し様々な働きかけを行ったことが原因であるとして同人を恨み、復讐するために行ったものであるところ、丙山税理士は、右訴訟に関して原告敗訴の一審判決を不服として控訴するよう春子に助言したり、被告人が以前住んでいたアパートを退去した経緯についての報告書などを作成したりしているが、これらの行為が、不当な行為でないことはもとより被告人の言によれば、そもそも右訴訟について花子が思い悩むことになったのは、被告人が春子から判示第一の五〇〇〇万円の交付を受けたことに端を発したものであるというのであって、まったくの逆恨みに基づくものとしかいいようがない。秋子に対する殺人は、あらかじめ用意していた刃渡り約三七センチメートルの刀で、いきなり胸腹部を一突きして背部まで貫通させるという凶悪この上ないものであり、その結果は非常に重大である。高齢ながら大病を乗り越えた矢先に見ず知らずの男から自宅で突然日本刀で刺されて殺害された秋子の驚愕と苦痛、無念さは察するに余りあり、秋子を悼む家族らの厳しい処罰感情ももっともである。さらに、被告人に刺されて叫び声をあげる秋子を無視し、土足で税理士宅に上がり込み、叫び声を聞いて出てきた税理士の息子一郎に対し、日本刀でいきなり胸腹部に突きかかり殺害しようとするなどというのは、極めて危険かつ悪質であって、同人に対し全治約二週間を要する右手切創を負わせたにとどまったのは、一郎がたまたまゴム手袋をした手で日本刀を押さえて被告人から取り上げることができたためであって、一郎の傷の程度をことさら有利に斟酌するわけにはいかない。放火の点についても、息子らを殺害できなかった腹いせに、税理士の家族五名が居住する居宅で、負傷した秋子が現在していることを認識しながら、何らこれを意に介することなく、三か所に点火して放火し、床面積二五平方メートル、表面積四〇平方メートルを焼損したというもので、居住する家族らに与えた脅威はもちろん、密集した住宅地である近隣に与えた不安も無視することができない。秋子に対する殺人、一郎に対する殺人未遂及び放火については、被害者らに対する慰藉の措置はまったく行われていない。また、判示第一の犯行は、妻の従姉が養母から巨額の遺産を相続したのを妬み、妻の従姉の弱味につけ込んで行った計画的な犯行で、被害額も五〇〇〇万円と多額であり、被害弁償もなされていない。また、死体遺棄の点については、妻の死が発覚すると右税理士への復讐ができなくなるとして、死臭を放ち始めた妻の死体を被告人方の洋タンス内に入れて目張りするなどして隠匿したもので、その動機・態様に酌むべきところはない。さらに、被告人は捜査段階で丙山税理士の息子や娘を殺せなくて残念だと供述したり、公判廷においても丙山税理士に対してはいまだ妻の件でひっかかりがある旨供述したりするなど真摯に反省しているか疑問があるといわざるを得ない。

そうすると、判示第二ないし第六の犯行は、妻花子を失って自暴自棄になり、思い詰めた挙げ句に行ったものであることを悔やんでいること、放火については焼損面積がそれほど大きくなく全焼にまでは至っていないこと、被告人にさしたる前科がないこと等を考慮しても、なお、被告人は、主文掲記の刑を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野久利 裁判官 綿引 穣 裁判官 伊藤由紀子は転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官 中野久利)

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